僕達の願い 第20話


コンコン、とノックがされ返事をすると、古くからこの家に仕えている老齢な紳士がそこに立っていた。カグヤの教育係でもあるこの男はいつも通り礼儀正しく頭を下げる。

「失礼します。カグヤ様、今よろしいでしょうか」
「構いませんわ」

つい最近まで御転婆で、走り回っては悪戯を繰り返していたカグヤが、こうして静かに笑顔で応対する様を見て、老紳士は知らず感動を覚えたが、目的を思い出し、尋ねてきた理由を口にした。

「つかぬ事をお尋ねしますが、カグヤ様はカレンという名の人物をご存知でしょうか」
「カレン、ですか」

思わぬ名が飛び出したことで内心動揺はしたが、カグヤはそれを表面に出さなかった。カグヤの記憶がある事を探る誰かの手かもしれない。
慎重に動かなければならないのだ。

「はい。ご存じないようでしたらそれでよろしいのですが」

キョトンとした表情で首を傾げたカグヤの反応で、知らないのだろうと判断した老紳士に、カグヤは素知らぬふりをして質問をした。

「何かありましたの?」
「いえ、どうもここ最近、カレンと名乗る少女がカグヤ様宛に電話をかけてきていたようでして」

少女。
その言葉に、部屋を退室しようとしていた老紳士をカグヤは引きとめた。わざわざ少女を利用して問い合わせをしたと考えるよりも、カレン本人と考えるべきなのではないか。そう思ったのだ。

「カレンとは、紅月カレンの事ですの?」
「カグヤ様、ご存じで?」

カレンと名前しか言っていないのに、苗字を言い当てたカグヤに驚いた様子だったため、カグヤはにっこりと笑顔を乗せた。

「ええ、以前私とスザクとカレンは一緒にいましたの。とはいえ、私の知るカレン自身が連絡をしてきたかは解りませんわ。それで、私にどのような連絡が?」

嘘はついていない。
私たちは黒の騎士団で共にいた。
その思いを込め笑顔で告げると、老紳士はスザクの名前が出たからだろう、安心したようにその顔に笑みを乗せた。
枢木の家には何度も遊びに行っている。その時に知り合い、カレンという名の少女と友達になったのだろうと納得したようだった。

「連絡をしてほしいと、電話番号を預かっております」

こちらです、と老紳士はメモを差し出した。




「カグヤ様!!」

通された部屋で静かに佇んでいた少女にカレンは笑顔で駆け寄った。
するとまだ幼い少女は嬉しそうに顔をほころばせた。

「カレン、元気そうですわね。玉城もよく来ました」

笑顔で駆け寄ってきたカレンの後ろに立つ少年にカグヤは笑顔でそう言うと、少年もまたにっこりと笑った。

「へへっ、カグヤ様も元気そうじゃねーか」
「当然ですわ。それで、後ろのお二人は?」

カグヤが視線を向けると、二人の後ろに立つ女性と少年はカチカチに硬くなりながら頭を下げた。天皇家の人間にこうして直接会うのだ。相手がたとえ10歳にもならない子供でも雲の上の存在を目の前にし、緊張するなという方が難しいのかもしれない。

「は、初めてお目にかかります。俺・・・いえ、私は」
「お兄ちゃん、緊張しすぎよ。カグヤ様、私の兄のナオトと、私の母です」
「カレン、何て口のきき方を・・・申し訳ありませんカグヤ様」
「た、玉城お前もだ。相手は皇カグヤ様だぞ」

母と兄がカレンと玉城の行動を咎めていると、カグヤは面白そうに笑い声をあげた。

「いいんですわ。玉城とカレンはいつもこうでしたもの。今更変えられても困りますわ」

そのカグヤの言葉に、兄と母は顔を青くさせ、申し訳ありませんと頭を下げた。

「かしこまる必要などありません。私は皇の血を引いていると言うだけの唯の小娘ですわ。それより玉城、いいんですの?玉城のご家族は連れてこなくて」

カグヤが連絡を取ったことで、紅月家の3人はカグヤが保護することとなった。もちろん玉城もだ。だが玉城は家族を連れてはこなかった。

「俺のお袋とおやじは大丈夫だよ。大体息子の俺のことも碌に見てないから、居なくなっても、そのうち帰るだろう程度だし、未来の話なんてしたらおかしくなったと思われるだけだ。二人とも仕事人間だからよ、扇がうちに押し掛けて何か言った所で、ガキの妄想に構う暇はないって追い返すだけだぜ」

平気平気と笑いながら玉城はそう言ったが、あの戦争で死んだ両親とまた過ごせる機会を得たのだから、離れるのは辛かったはずだ。

「では、玉城のご両親が安心して玉城を待てるように、戦争を回避しなければいけませんわね」

にこにこ笑顔で言うその言葉に、4人は目を丸くした。

「回避!?出来るんですか!?」
「あら?せっかく戦争が起きる事が解っているのですから、回避、もしくは全面戦争になっても日本が勝つように事を進めるべきではなくて?」
「ええ、そうですが・・・まさかカグヤ様、ルルーシュを交渉材料にしてブリタニアと条約を結ぶとか言わないですよね!?」

カレンのその言葉に、カグヤは心底不愉快だと笑顔を消し、眉根を寄せた。

「ルルーシュ様を交渉材料に?あり得ませんわ。カレン、そんな事を貴女は考えていたのですか!?」

見損ないましたと、怒りを露わにして怒鳴るカグヤに、違います!とカレンは口にした。

「ちげーよカグヤ様。ルルーシュを誘拐して交渉しようとしてるのは扇だ。俺たちはその話をされたが、そんな事認めてねぇよ」

こちらも不愉快だと言わんばかりに顔を歪め、玉城が言い返したので、カグヤは目をぱちぱちと何度か瞬かせた後、コロコロと笑いだした。

「驚かさないでくださいませ。それにしても扇はやはり問題ですわね。何か手を打つことも考えましょう」

その言葉に私たちは安堵の息をついた。

「でも、そうじゃないならどうやって?何か方法があるんですか?」

楽しげに笑うカグヤは「あるに決まってますわ」と口にした。

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